寿岳 しづについて

寿岳 しづ(1901-1981) 翻訳家 文筆家

本名静子。明治34(1901)年士族の家系である岩橋家に大阪に生まれ、府立梅田高等女学校に編入学するほど成績優秀でしたが、失明した兄武夫のために献身する生活を送りました。兄はのちにライトハウスを創立し、ヘレン・ケラーを日本に招くなど、目の不自由な人々の燈火となりました。つき添いとして関西学院に通っていた頃、寿岳文章と出会います。

大正12(1923)年、文章と結婚して間もなく、自伝的小説『朝』が岩波書店から出版され、文筆家としての活躍の場が広がってゆきました。昭和8(1933)年西向日に居を移す頃には、長女章子と長男潤が生まれ、よき母親として家庭生活を守りながら私家本「向日庵本」を製作した夫文章との共同作業は、「美しい生活」の象徴として社会の注目を集めました。

その後、しづは文章から英語を学び、ウィリアム・ハドソン『はるかな国 とおい昔』を翻訳しました。これが岩波文庫として出版されると、多くの読者を得て自然愛護を説く古典としての地位を獲得し、今日でもたえず版を重ねています。向日庵の人々はみな、自然保護、環境問題にとりわけ強い関心を抱いた住人でした。それに照らせば、この翻訳書はまぎれもなく向日庵が主張する自然愛護と環境保護のマニュフェストとなっていることに気がつきます。

昭和という時代を生きぬいた夫文章との生活の軌跡は、『寿岳文章・しづ著作集(全6巻)』に大成されました。そこには折にふれて向日の竹林の散歩道や季節の営みが綴られています―
「爽かな竹の葉摺れの音に、毎朝私は机にからぶきをかけながら満ち足りた心持になります。」(寿岳しづ)

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